オフィスラブ【涼子 part?】


  • 「ちょっと…あんた本気!?」

    昼休み。涼子は羽柴と二人でいつもの公園でランチを食べながら、社内で騒ぎになっている話について
    質問を受けていた。

    「本気って言うか…付き合ってるわけじゃないんだけど…」

    涼子は言葉を濁した。

    「なんだって…桜庭なんかと…」

    羽柴は眉をひそめた。涼子自身なんでこんなことに、と思っているのだ。無理もない。

    湯山にふられたその日、涼子は1人で飲み屋をハシゴし、泥酔して山手線に乗っていた。
    そこでたまたま同じ車両に、アイドルの追っかけを終えた桜庭が、秋葉原から乗ってきたのである。

    『あれ…?三上さん?』

    涼子は桜庭とは、他の女子社員同様、ほとんど話をしたことがなかった。
    いつもなら無視していただろうが、この時涼子は泥酔して湯山のことを思い出しながらシクシク泣いており、
    1人では悲しみに耐えられそうにないと思っていたので、桜庭ですらありがたい存在に感じた。

    そして、なんと桜庭の家に泊まってしまったのである。
    それ以来、桜庭はすっかり彼氏気分で会社でも涼子にすり寄るため、噂が立ち始めたのだ。

    「付き合ってるわけじゃなくても、あんな奴とセックスするなんてあり得ない!もうやめときなよ!」

    羽柴が心底心配して言った。

    涼子はさすがに桜庭と‘そういう関係’になった自分が情けなかった。
    しかし、湯山にふられた悲しみや、やり場のない想いから逃げられるなら相手は誰でもよかったのも
    事実である。

    涼子は力無く答えた。

    「わかってるんだけど・・・」

    うな垂れる涼子を見て、羽柴が言った。

    「あんた・・・湯山と何かあったの?」

    涼子はどきりとして思わず顔を上げた。

    「やっぱり・・・」
    「どうして・・・わかるの?」

    羽柴はため息をついた。

    「この前の飲み会で、何かいつもと雰囲気が違うなーって思ったんだよね。湯山はいつも通りだったけど、
    三上が、なんてゆーか・・・好きな人が隣にいて嬉しい!オーラを出していたんだよね。」

    流石、羽柴だな・・・と涼子は感心した。

    「ねえ、三上、湯山のこと好きなんじゃないの?」

    涼子はズバリ言われて息を詰まらせた。
    誰にも言えなかった辛さが一気にこみ上げる。

    「・・・うん」

    返事をした途端に涙が溢れた。
    手で顔を覆い、身を屈めて泣く涼子の背中を羽柴が優しく撫でる。

    「・・・だったら・・・なお更桜庭なんかとやんの、やめなよ・・・」

    涼子は何も言えなかった。

    最初に桜庭とセックスした時、酔っ払っていたのでほとんど覚えていなかったが、一つだけ覚えている
    ことがあった。

    セックスが終わった後、桜庭が突然泣き始めたのだ。

    『三上さん、ありがとう、ありがとう・・・』

    桜庭はセックスしたのは涼子が初めてだった。
    僕なんかと、と男泣きする桜庭を見て、涼子は不思議な気分になった。

    (こいつは、私なんだ・・・。湯山からは、私はこんな風に見えてたのかもしれない・・・)

    湯山に抱かれて喜んでいた自分と重なった。
    わずかだが、桜庭を愛しいと思ったのだった。

    それ以来、桜庭は何かと仕事の後、涼子を家に呼び寄せてセックスを要求した。
    涼子も酒が入らないで桜庭とセックスする気にはなれず、自分が湯山にふられた悲しみを忘れたい時だけ
    桜庭の要望に応じた。

    こんなこと、やめなくてはと思うのだが、突如寂しさに襲われる。
    湯山のことを思い出したくない時には、桜庭はうってつけだった。

    涼子はこれまで既に何度か桜庭の家に行っていたが、湯山と違った性癖があった。

    『三上さん、今日はこれね』

    そう言って毎回違う衣装を渡される。
    昨日は「幼稚園児」の格好をさせられ、下着まで綿の白いパンツをはかされたのである。

    涼子はそれにはさすがにうんざりしていた。
    今まで涼子の知らないアニメのキャラのコスプレや、スクール水着などを用意して待っている。

    (さすがに・・・コスプレのことは羽柴にも言えないよ・・・)

    涼子は涙を拭いて顔を上げた。

    「ごめん。ありがとう。しばらく・・・そっとしといてくれる?」

    羽柴は何か言いたそうにしていたが、ぐっと口を結んで我慢し、わかったとだけ言った。


    湯山は大阪の契約がまとまりそうらしく、大阪と東京をいったりきたりしていた。
    涼子とはほとんど顔を合わせない日々が続き、おかげで涼子と桜庭の噂はまだ耳にしていないようだった。

    午後一の会議が終わり、涼子が会議室から1階下の自分のオフィスに戻ろうと、1人で階段を降りている
    時だった。

    「三上!」

    上を見上げると、湯山が階段を降りてくるところだった。どうやら別の会議室で会議を行っていたようだった。

    「湯山・・・」

    涼子の胸がチクリと痛む。何でもない顔をしなくてはいけない。涼子は自分に言い聞かせた。
    湯山の表情が硬かった。

    「何・・・どうかした?」

    涼子は結局契約がうまくいかなかったのかと危惧した。
    湯山がずれたメガネを指で持ち上げる。

    「お前・・・桜庭と付き合ってるんだって?」

    涼子はギクリとした。反射的に湯山から目を逸らす。

    「付き合ってるわけじゃないけど・・・」

    湯山がこちらを向けと涼子の腕を掴むが、涼子は顔ごと視線を逸らせた。

    「けど・・・なんだよ。まさか、やったのか。あいつと。」

    涼子は驚いていた。いくら階段で誰も通る気配が無いとはいえ、湯山が会社でこんな風に涼子の腕を
    掴むなんて考えられなかった。

    涼子は腕に力を入れて湯山から離れた。

    「湯山には・・・関係ない」

    涼子は階段を降りていこうとした。
    湯山の低い、怒ったような声が響く。

    「・・・本気で言ってんのかよ」

    涼子は努めて何でもないといったような声を出した。

    「と、友達として心配してくれてるならありがとう。でも・・・今はそっとしといてくれる?」
    「俺がだめだからって、あんな奴にいくことないだろ」

    涼子は泣きそうになった。

    確かにそうだ。湯山の代わりに桜庭を利用している。しかし、湯山に’あんな奴’と言われたくないと思った。

    「そんなんじゃない。けど、湯山がそう思うなら、そう思ってればいい。桜庭は私といると幸せだって
    言ってくれる。セックスの後、いつも泣きながらありがとうって言ってくれる。
    誰かに・・・必要とされたいの・・・。」
    「だからって・・・好きでもないやつとやるなって言ってんだよ」
    「湯山に言われたくない」
    「俺はいいんだよ。男なんだから。でもお前は・・・」
    「違う!そういうことじゃない。湯山だって・・・好きでもないのに、私を抱いたじゃん・・・」

    涼子はかろうじて涙を堪えた。
    湯山が口を噤んだ。
    その時、上の階の扉が開いて、誰かが降りてくる気配がした。

    「じゃあ・・・」

    涼子はそう言って階段を降りた。

    涼子が本当に必要とされたいと思うのは湯山以外にはいなかった。それでも諦めようと努力している時に、
    余計な事を言われると気持ちが萎えそうだった。


    早く時が過ぎて、湯山と元の友達に戻りたい・・・。
    涼子は時が解決してくれることを待つしかなかった。


    「三上、今年も参加するよね」

    同期の女子社員が声をかけてきた。

    「え?」
    「社員旅行。今年は伊豆だって。」

    ああ・・・と間抜けな声を出した。それどことではなかったからだ。

    「参加ね。」

    そう言って表に○をつけようとした。

    「ちょ、ちょっと待って!それ見せてくれる?」

    女子社員の持っていた用紙を見せてもらう。
    社員の名前の横に参加・不参加のチェックを入れてある。
    咄嗟に湯山の欄を見る。△だった。

    「△って・・・」
    「まだ未定の人。仕事的に微妙な人はみんな△にしてもらってる」

    桜庭は×だった。どうせアイドルの追っかけなのだろう。
    湯山もあの様子では不参加だと思えた。

    「じゃあ、参加でお願い」

    涼子は出席することにした。
    その時湯山が席に戻ってきた。
    女子社員が湯山に声をかける。

    「湯山、社員旅行参加できそう?」

    湯山が面倒くさそうに答える。

    「わかんねー。仕事次第だな。良い女連れてきてくれたら行く。」
    「何言ってんの。良い女だらけじゃん。ね!三上!」

    普通なら聞き捨てなら無いといったように文句を言っていたはずだが、今の涼子に前のような振る舞いを
    することは出来なかった。

    「う、うん・・・」

    湯山がチラリと二人を見る。

    「見当たんねー」

    フイっと顔をパソコンに向けて仕事をし始める。
    女子社員は失礼しちゃう〜と言って去っていった。
    すると今度は桜庭が涼子の所へやってきた。

    「三上さん、これ、前言ってた資格の本・・・。これおすすめだから・・・。」

    白くぶよぶよした体を揺らし、涼子の椅子の背もたれに手をつく。

    (も〜会社では声かけんなって言ったのに!)

    涼子はありがとうと短く答えてさっさと終わらせようとした。

    しかし桜庭は仕事についてあーだこーだ質問したり、資格の試験について説明したり、少しでも涼子の
    側にいたいといった風で、なかなか離れなかった。

    涼子は気が気じゃなく、湯山の横顔をこっそり盗み見た。

    いつもと変わらない横顔がそこにあった。

    (馬鹿だな、私・・・。関係ないって自分で言っといて・・・。)

    桜庭が身を屈めて、涼子に今夜来る?とにたにたと声をひそめて聞いた時だった。

    「桜庭、仕事中だろ。いつまでも話してねーで、さっさと仕事に戻れよ」

    湯山がパソコンから目を離さず、冷ややかな声で言った。
    桜庭は突然湯山に怒られて、顔を強張らせた。

    「ご、ご、ごめんなさい」

    そう言ってさっさと席に戻っていった。
    涼子は気まずい雰囲気に耐え切れず、席を立った。

    (違う・・・こんな風になりたかったんじゃないのに・・・)


    社員旅行当日。
    東京駅に集合していた涼子は相変わらず暗い顔をしていた。

    (今日はゆっくり温泉にでも浸かって、早く寝よう・・・)

    湯山の態度は明らかに冷たかった。会話も業務のことだけ。視線もお互い合わせない日々に、涼子は
    心底まいっていた。

    羽柴が背中をバンと叩いた。

    「今日はとことん飲もう!」

    涼子は少し元気を取り戻し、うんと答えた。
    しかし、視線の先に湯山の姿を見つけると、一瞬にして表情が強張る。

    (なんで・・・湯山、来てるの・・・)

    羽柴が涼子の視線に気がついて、涼子の代わりに近くの男性社員に問いかける。

    「ねえ、なんで湯山来てんの?あいつ、大阪のやつ決まって忙しいんじゃなかったっけ。」

    「ひと段落したらしいよ。あいつは行かないって言ったんだけど、ほら、後輩女子やら先輩女子やらが、
    湯山呼べってうるさいから」

    ふと周りを見ると、若い女子社員が湯山の近くできゃっきゃっと声を上げている。
    涼子はため息をついたが、更に次の瞬間固まった。
    桜庭が来ていた。

    (!?なんであいつまで来てるの!??)

    今日は大事なコンサートがあるから行かないと言っていたはずだった。

    湯山も桜庭も来ないから参加したというのに、これでは普段と何も変わらない。

    涼子は頭を抱えた。具合が悪くなったと言って帰ろうかと本気で考えた。
    羽柴がその様子を見て、一緒にため息をついた。

    「気にしないでさ・・・今日は女子だけで飲もうよ。」

    涼子は半分ヤケになって、電車に乗ってすぐビールを飲み始めた。

    (あーあ、もうどうにでもなれ!)

    湯山の席の周りを若い女子社員達が囲む。普段、会社で近づけないので、ここぞとばかりに話に
    近寄ってくるのだ。

    同期の女子は湯山の本当の冷たさを知っていたが、それ以外の女子は湯山がクールで仕事ができる
    カッコいい人としか思っていなかった。

    湯山と普通に会話ができている女の子達がうらやましかった。

    前の二人なら、こんな時、一緒にビールを飲めたはずなのに・・・。

    宿について、皆温泉に入るとすぐに宴が始まった。
    部長の挨拶が終わると、新人たちが芸をするのが決まりだった。

    涼子はひたすら飲んだ。羽柴が一緒に飲んでくれた。

    「羽柴は・・・川田さんとどうなの?」

    涼子がまわりに聞こえないように聞いた。
    羽柴が日本酒を涼子に注ぎながら答える。

    「どうって?」
    「その・・・嫌になったりすることないの?」

    羽柴はふふっと笑った。

    「そういう時期はもう過ぎたかなあ。昔はやっぱり嫉妬したよ?奥さんや子供に。でも今はそういう熱い
    時期も過ぎて、いつ終わってもいいかなって思ってる」

    そうなんだ・・・と涼子は呟いた。

    「好きになっても無駄なんだ・・・って、悟った時、スーッと冷めてったね。好きな時はいくらやめようと
    思ってもやめられないじゃん?けど、やめられるって思った時、もう終わってんだよ。その恋は。」

    涼子は自分に問いかけた。私は・・・どうだろう・・・。

    「あんたは、まだ終わってないでしょ?」

    羽柴が言った。

    (本当、羽柴はすごいよ・・・なんでわかるかな・・・)

    確かに終わってなかった。やめようと思えば思うほど、湯山の存在が大きくなる気がした。


    全体での宴が終わると、同期だけで部屋に集まることになった。

    涼子はかなり酔っ払っており、湯山がいようが桜庭がいようがどうでもいいという気持ちで参加した。

    湯山が遅れて部屋に入ってきた。

    「こいつ、いっこ下の、なんだっけ?レナちゃんだっけ?に、迫られてんの。おい、湯山!どうすんだ?
    いただいちゃうのかあ!?」

    酔っ払った男性社員が湯山に絡むが、湯山は無視した。

    (ちくしょー・・・浴衣、カッコいいなあ・・・)

    涼子は湯山をこっそり見つめた。
    浴衣の襟から見える綺麗な鎖骨が色っぽく、女子社員達が色めき立つのも充分頷けた。

    続いて桜庭が部屋に入ってくる。
    一同、しんとするが、桜庭は気にする様子もなく涼子の隣に当然のように座った。

    (もう、好きにして・・・)

    桜庭も酒が入っているのか陽気だった。

    「涼子タン、浴衣、カワユス〜〜。
    桜庭浩太。ただの人間には興味ありません。でも涼子タンには興味あります〜〜げへへへ〜〜」

    流石にこれには涼子も参った。二人でいる時の呼び方で呼び出したからだ。

    「ちょっと、桜庭やめてよ!」

    涼子は小さい声で抵抗した。

    「ツンデレーション・涼子タンが好き〜♪」

    しかし、桜庭はとうとう歌いだした。
    涼子の肩を抱く。

    (ああ・・・もう駄目だ・・・)

    まわりのみんなが引いてるのがわかる。怖くて顔を上げられなかった。
    その時だった。

    「桜庭、悪い。そいつ、俺のなんだわ」

    遠くで飲んでいた湯山が立ち上がり、涼子と桜庭の元に近づいた。
    その場にいる全員があっけに取られ、何も声を発せないでいた。

    桜庭は何が起こっているのか、湯山が何と言ったのか理解できていないようだった。

    湯山が涼子の手を掴み立ち上がらせ、部屋を出て行った。

    「ゆ・・・」

    湯山がぐいぐいと無言で涼子の手を引く。
    しばらくすると部屋から叫び声が聞こえる。

    「ええ!?」
    「どういうこと!??」
    「きゃ〜〜!」

    涼子が一番驚いていた。

    あの冷静な湯山がこんなことするなんて・・・。

    涼子は驚いたまま、湯山に従って歩いたが、海に来てようやく口を開いた。

    「ちょっと、湯山、一体どういうつもりで・・・」

    前を歩いていた湯山が振り返る。

    「どういうつもりはこっちの台詞だろ。いい加減にしろよ。あんな男、さっさと手を切れ」

    真剣な眼差しだった。
    涼子はたじろいだ。

    「だって・・・」
    「だって、じゃない。お前が好きなのは俺だろ」
    「だって!・・・湯山のこと好きでいたって意味ないじゃん!」

    涼子は湯山を睨んだ。
    湯山が涼子を見つめる。

    「意味ないこと、ない」

    湯山がぽつりと言った。

    「え?」



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