オフィスラブ【湯山 partT】


  • 湯山陽平17歳。

    区立高校に通っており、部活は何もせず帰宅部。
    成績は上位、ルックスも背丈も問題なく、女で苦労したこともない。
    まだ少し幼さの残る若々しい頬とメガネが年上の女性に特にモテた。

    一番勢いのあるこの時期に、湯山はいつも物足りなさを感じていた。

    高校三年生になってすぐのある日、湯山の祖父が死んだ。胃がんだった。

    湯山は悲しくなかった。もちろん涙も出ない。

    湯山の性格が歪んでしまった理由は、この祖父にあったと言っても過言ではなかった。

    祖父は特攻兵だった。1945年8月16日、終戦の次の日に特攻する予定だった。
    しかし、15日に終戦を向かえ、死を免れた。

    免れたとはいえ、終戦を迎えても飛行機に乗って無駄な特攻をする者は後を絶たず、現に湯山の祖父も
    無駄な死を選ぼうと飛行機に乗ろうとした。

    しかし、彼の飛行機は飛ばなかった。燃料が無かったのだ。
    終戦間際、日本には何も残ってなかった。鉄もガソリンもなかった。先に死を選んだ同胞がガソリンを
    持っていってしまったのだ。

    湯山の祖父はその時死ねなかったことを悔やみつづけ、自分の息子や孫に特別厳しくした。

    『甘えるな。生きてるだけでありがたく思え。』

    祖父の口癖だった。

    祖父は湯山のことも容赦なく叩いた。食べ物を残そうものなら、体、顔中殴ったあげく、家に入れなかった。
    冬の寒い夜、凍え死にそうになったことも何度もある。

    祖父なりの愛情なのかも知れないと思えるようになったのは湯山が大人になってからのことで、
    小さい頃から多感な思春期までの間、祖父をずっと憎んできた。

    そんな湯山のサディスティックな一面を開花させたのは、最初に関係を持った女のである。

    友人の母親で、恐ろしいほどマゾの体質だった。
    縄で縛るのはもちろんのこと、叩け、針で刺せという行為は普通で、極まると首を絞めろと要求した。

    湯山はその女にありとあらゆる行為を学ばせてもらった。おかげでそれ以降の女とのセックスで
    苦労したことは一度もない。SMプレイも覚えてしまったので、ノーマルなセックスだと物足りなさを
    感じるようにはなったのだが・・・。

    祖父の葬式は淡々と行われた。

    普段はほとんど顔を合わせない親戚が集まった。
    湯山はつまらなさそうに縁側に座って庭を見つめていた。

    「おい、陽平。久しぶりだな。元気か?」

    叔父が声をかけてきた。彼は某大手車メーカーの幹部に昇進していた。普段あまり会うことがないが、
    湯山はこの叔父のことが好きだった。

    こんにちは、と湯山は挨拶した。

    「父さんの遺品」

    そう言って祖父が大事にしていた古ぼけた手帳を湯山に渡した。

    「お前も読め。」

    その手帳は、戦中の祖父の日記だった。飛行機の訓練のことや、戦績のこと、特攻前夜に書いた遺書などが
    書かれているとのことだった。

    湯山は冷めた目でその手帳を見つめた。

    叔父が湯山の制服を見つめる。どこにでもありそうな制服だったが、校章がでかでかと胸元につけられ、
    それだけが目立つような制服だった。

    「そういえば・・・お前の学校に奥村って女の子いないか?とびきり美人の。」

    湯山は驚いた。まさか、叔父からその名前が出てくると思っていなかったからだ。

    「いますけど・・・何で知ってるんですか?」

    叔父はやっぱり・・・といった風に頷いた。


    「いやなぁ・・・去年だったかなあ。うちの製品の部品の一部をどこに頼むかってんで、複数候補が
    出てきて、まあ、高校生のお前にこんなこと言うのもなんだが、先方たちも自分のところに決めて
    欲しいものだから、いろいろ接待してくるんだよ。」

    湯山は頷いた。

    大企業に製品を納めることになるかどうかは、中小企業にしてみたら死活問題なのだろう。
    あらゆる手を使って自分の会社と契約を結ぼうと必死なのだということだと湯山は察した。

    「その中の一つの会社に・・・その、奥村という女の子の父親がやってる会社があったんだ。
    その接待の時に・・・その女の子が来て制服着てやって来てな。」

    湯山は眉を寄せた。なぜ、大会社の接待に高校生の園子が行くのだろう。

    「部屋を用意してありますんで・・・って言うんだ。父親が。
    後から聞いたら本当の父親じゃなかったらしいんだが、とにかく俺は驚いてなあ・・・。

    高校生の娘を”賄賂”で使うなんて、ドラマの話かと思うだろ?本当にあるんだなあ。
    その時着てた制服がお前のとこのだった気がしてな。
    もちろん、俺はそんなこと応じなかったけどな。」

    湯山は何も言えなかった。

    (なんだって・・・?)

    園子の父親は、園子をあらゆる取引先の上役に抱かせていたのだった。


    奥村園子。

    園子は皆が振り返るほどの美人だった。

    陶器のように滑らかで白い肌。長く美しい髪。細長い手足。
    大きな目と長いまつ毛。同姓から見てもため息の出る美しさだった。

    人形みたいな容貌だったが、園子はいつも暗く、目に力がなかった。

    最初、湯山は園子にまったく注目していなかった。

    美人は大概性格が歪んでいると信じて疑わなかったし、暗い性格も自ら演出して、皆の気を
    引いているのだと決め付けていた。

    叔父の話を聞いて、湯山は園子の何かを諦めた表情を思い出した。

    あの死んだような目は演技ではなかったのだった。

    それ以来、湯山は園子を目で追うようになった。

    確かに、あの美しさで高校生となれば、オヤジどもに喜ばれるに違いないと思った。

    見ていてあることに気がつく。

    園子は笑わなかった。

    友達と話しているとき、笑っているように見えて、それは作り笑いでしかなかった。

    湯山は次第に園子に近づきたくなる。

    しかし、クラスも違うし、共通の友人もいない。接点がなかった。

    見ているだけの日々が続いたある日、廊下でポスターを見つめる園子を見かけた。
    しばらくじっと見た後に、静かに去っていった。
    湯山もポスターを見る。

    オペラ座の怪人のポスターだった。

    どこかの小劇団が学校近くの演芸ホールで行うといった宣伝のポスターだった。



    湯山は演劇自体には全く興味がなかったが、園子の興味を引き付けるものがどんなものなのか興味があった。

    興味本位で覗くことにした。園子が見に来るかどうかわからなかったが、園子があれだけ熱心にポスターを
    見ていたのだから、見れば園子の何かがわかるかもしれないといった漠然とした思いだった。

    演劇はつまらなかった。作りがちゃちかった時点で湯山の興味は萎えた。それでも一応最後まで見た。

    会場を出ようとしたその時、通路から声をかけられた。

    「湯山くん・・・?」

    園子だった。湯山は驚いた。

    来るかも知れないとは思っていたが、本当に来ていた。それだけではない。
    来ていたとしても、湯山に声をかけたことに驚いた。

    湯山は座席からゆっくりと通路に向かって歩き、園子の前で止まった。

    こんなに近くで園子を見たのは初めてだった。

    「驚いた・・・湯山くんが演劇に興味あったなんて・・・」

    それもそうである。もともと興味などないのだから。
    会場が薄暗いので、園子の肌がいっそう白く浮き上がる。

    「・・・つまらなかったな」

    何を話していいのかわからず、湯山はつっけんどんに言った。

    「だめよ、そんなこと言ったら」

    園子は慌てて周りを見渡し、出ましょうと言った。
    湯山は信じられない気持ちで園子の隣を歩いた。
    いつも見るだけだった彼女が隣にいる。

    長く、美しい髪が湯山の腕を優しくかすめる。

    「・・・何で、知ってるの、俺のこと」

    園子が湯山を見上げる。

    「知ってるよ。有名だもん。」
    「有名?・・・どうせ冷徹人間とか、そういうのだろ」

    湯山は他人が思う程、自分は冷たい人間だと思っていなかった。
    クールを装う人間は多いが、湯山自身、それを装ってはいなかった。

    興味のないことには意識が向かないし、面倒なことには完全に無関心だったが、
    それは素直な気持ちで、取り繕っているわけではなかった。

    「先生、泣かせたりとかね」

    湯山はよく若い女教師を授業中に泣かせた。意味のわからない授業を進めるのがどれだけ無駄な
    時間なのかということを説教したり、無視したりしたからだ。



    園子にまでその話が伝わっているのかと思うと、少し恥ずかしかった。

    「ねえ、今日の演劇、どこが良かった?」

    園子が聞く。
    正直なところ、どこも良いところは無かった。適当に答える。

    「あの、女が気絶するとこかな・・・」

    その時、園子が声をたてて笑った。

    それは本当に笑っていた。

    湯山はその笑顔を凝視する。

    「あはは、湯山くんらしいね!」

    湯山はこの瞬間からこの先長い間、この笑顔に魅了され続ける。

    恋に落ちてしまった。

    (普段笑わない少女の笑顔に恋する・・・なんて、ありきたり過ぎるだろ・・・)

    それをきっかけに、湯山と園子は距離を縮め、毎日一緒に帰るようになる。

    二人がつきあっているという噂が立ち始め、みんなに問い詰められるが、湯山は無視した。
    園子も適当にあしらっているようだった。

    湯山はそれまで関係を持っていた女を全て切った。

    (あの話は・・・本当なのだろうか・・・)

    叔父から聞いた話はいつも頭の中にあった。
    目の前にいる園子からは想像がつかなかった。
    湯山といる時は特別明るかった。

    それでも、ふとした瞬間に諦めた表情をする。そんな時は園子を抱きしめたい衝動に駆られるのだが、
    湯山は園子に触れることができないでいた。

    雨の夕方。並んで帰る。

    「奥村の・・・親ってどんな人?」

    なにげなく質問してみる。

    「親?・・・そうかぁ、湯山くんに話してなかったね。母は・・・ずっと病院。寝たきりの状態なの。
    父は、本当の父じゃなくて、私が小学校5年生の時に母と再婚した人。」

    園子は作り笑いを浮かべて言った。

    「ふーん・・・うまく、いってんの?」

    園子の顔が一瞬泣きそうな顔になる。

    「うまく・・・いってんのかなぁ・・・。わかんない。でも、母の面倒見てもらうには
    私が我慢しなきゃなって思ってる・・・かな。寝たきりって、大変なんだ。結構。はは・・・。」

    我慢。

    湯山はあのことなのだろうと思った。やはり、今でも父親に命令されて、オヤジたちの相手を
    させられているのだろう。

    「湯山くん」

    突然、園子が立ち止まり、湯山を見上げた。

    「・・・何?」

    湯山も立ち止まる。雨で長い髪が濡れている。

    「私のこと、好き?」

    突然の質問だった。湯山は驚いたが、園子の切羽詰ったような眼差しに素直に答えた。

    「・・・好きだよ」

    園子は湯山の目を見つめた。それはまるで、湯山の言った言葉が嘘でないか確かめるように。
    園子は笑った。

    「ありがとう」

    そのまま何も起きずに、月日が流れ、冬休みに入ろうという時だった。

    皆、受験勉強でぴりぴりした雰囲気の中でそれは起こった。

    「奥村が・・・飛び降りた!」

    クラスの誰かが叫びながら教室に入ってきた。
    湯山は蒼白になって詰め寄る。

    「どこだ!場所は!?」
    「り、理科室・・・」

    2階にある理科室だった。
    湯山は急いで校庭に出る。

    周りが騒然とした中、園子は倒れていた。
    顔が真っ白だった。湯山が飛びつこうとすると、教師達が制する。

    「湯山!よせ!生きてるから!さっきまで意識もあって、今気失ったとこだ。今から病院に連れていくから。」

    湯山は僕も行きますと言って、帰れという教師の声を無視し、病院について行った。

    奇跡的に、コンクリートを避けて芝生の部分に落ちたので、打ち身で済んだ。骨折もしていなかった。

    園子の家族は誰も病院に来なかった。
    湯山が家まで送ることになった。

    園子は何も話さなかった。

    (なぜだ・・・?なぜあんなこと・・・)

    湯山は聞き出したい気持ちを抑えて、黙って園子の鞄を持って歩いた。

    「家・・・そこなの・・・。ありがとう。」

    そう言って湯山から鞄を受け取ろうとした時だった。

    「園子!お前、何やってたんだ!今日は・・・」

    園子の父親だった。

    頭は禿げ上がり、浅黒く、大きく前に出た腹がベルトの上にどっかりと乗っている。

    「・・・誰だ、あんた」

    湯山を見て睨みつける。
    湯山は礼儀正しく頭を下げ、挨拶した。

    「園子さんの同級生の湯山陽平です。今日は、園子さんが怪我をされたのでお宅まで送らせていただきました。」

    園子の父が「湯山?」と聞き返す。

    瞬間、湯山は、しまったと思った。

    「湯山って・・・湯山営業部長の・・・ご子息ですか?」

    園子の父が態度を豹変させて、いやらしい笑みを浮かべた。
    園子の顔を見る。湯山をじっと見つめていた。

    「いえ・・・違う方だと思います。僕の父は技術職ですから。」

    咄嗟に関係ないと取り付く繕った。

    「そう・・・でも、湯山って苗字・・・めずらしいよなあ・・・。」

    園子の父は訝しげに湯山を一瞥したがすぐに園子に向き直った。

    「おい、園子、早く帰って支度しろ。すぐ出るぞ。」

    そう言って家に入っていった。
    湯山と園子の間に沈黙が流れる。

    湯山は何て言おうか迷った。いや、何か言えばいい訳になる。何も言わなくてもそれが湯山が
    知っているという印だった。

    「やっぱり・・・あの時の、あの人・・・湯山くんの知り合いだったんだ・・・」

    園子がポツリと言った。

    湯山は身動きが取れなかった。

    「知ってるんだね・・・」

    湯山の頭の中をさまざまな台詞がかけめぐるが、どれも言葉にすることができない。

    「俺は・・・」
    「だから・・・湯山くん・・・私に触らなかったのかぁ・・・」

    園子が悲しげに笑った。

    「違う!そんなんじゃない!」

    湯山は咄嗟に声を上げた。
    初めて園子の手首を掴む。

    「私・・・汚いの・・・自分でわかってる・・・」
    「だから違うって・・・!」

    園子は人形のような目で湯山を見上げた。

    「私・・・妊娠してるの・・・」
    「・・・・え?」

    湯山の動きが止まる。

    「誰の・・・子か・・・自分でもわからないの・・・」

    湯山は絶句した。

    園子の手首を掴んでいた手の平から力が抜ける。
    するりと園子の手が離れる。

    「・・・初めてじゃないの・・・これで3回目・・・。誰も・・・避妊なんかしてくれないから・・・」

    (やめろ・・・)

    ぼそりぼそりと園子が話す。

    「数えられないくらいの人のを・・・この体に受けてれば・・・赤ちゃんもできるよね・・・」

    (やめろ・・・)

    「最初は・・・裸になるだけだったのよ・・・それが、小6の時から」
    「やめろ!」

    湯山は叫んだ。

    両手の拳を握り、体を震わせる。

    園子が虚ろな目で湯山を見つめる。

    「私・・・行かなきゃ・・・」

    そう言ってふらふらした足取りで家に向かって歩いていった。

    湯山は園子を捕まえることができなかった。

    助けてあげることができなかった。

    『だから・・・湯山くん・・・私に触らなかったのかぁ・・・』

    (違う・・・!そうじゃない・・・!)

    しかし、果たして本当に違うのか・・・?

    あらゆる男の精子を受けている園子の体を、本当に清いものだと言えたのか?

    湯山はただただうな垂れた。
    どうやって家に帰ったのかも覚えていなかった。

    (俺に・・・何ができるって言うんだ・・・)

    湯山は眠れずに世を明かした。

    学校に行くのも嫌だった。しかし、園子の様子も気になる。
    仕方なく学校へ行くと、昨日の園子の飛び降りの真相をみんな聞きたがり、湯山に好奇の目を向ける。

    (散れ・・・馬鹿どもが・・・)

    しかし、その日は園子は学校へ来なかった。
    その日だけではなかった。

    園子は二度と学校には来なかった。
    湯山の前からも消えた。

    何も言わず去っていった。

    湯山の苦悩の日々が始まった。

    園子になんとか会おうと、家を訪れても、もうあの家にはいないということだった。

    探すのを諦めても、園子への想いが消えたわけではなかった。
    どの女とつきあっても、何も満たされない。

    大学生活も淡々と過ごし、就職も無難な会社に決めた。
    入社を控えたある日、一枚のはがきが届いた。

    「同窓会のお知らせ」

    高校最後のクラスの同窓会の葉書だった。
    園子の顔が頭をよぎる。

    (まさか・・・来るわけないよな・・・)

    湯山はそう思いながらも、期待していた。
    もしかしたら来るかも知れない。そもそもこの葉書が園子の元に届いている可能性はものすごく低いだろう。
    それでも行かずにはいられなかった。

    まさかが起こった。

    園子が同窓会に来たのだ。

    全員が驚いた。

    園子が来なくなっていろいろな噂が立った。
    湯山の子供を妊娠したのではないか、親が借金苦で夜逃げしたのではないか・・・。

    それだけに、皆園子の登場を素直に喜んでいいのか戸惑っている様子だった。

    湯山は園子を見つめた。

    ますます美しくなった園子は、相変わらず何かを諦めたような表情をしていた。

    「え!?園子結婚したの!?」

    園子と話していた女子が声を上げる。

    (・・・結婚・・・?)

    湯山は反射的に園子の白く細い左手薬指を見た。
    そこには光り輝く結婚指輪がはめられている。

    園子は作り笑顔を浮かべてうん、と答えた。

    「なあ・・・湯山。奥村結婚したんだな・・・。」

    湯山の男友達が湯山の様子を伺う。

    「ああ・・・そうみたいだな」

    湯山は上の空で答えた。

    (結婚だって・・・?)

    園子は湯山を見ようとしなかった。
    来ていることは気がついているのに、わざと見なかった。


    二次会の会場に移る時だった。

    「じゃあ、私・・・帰るね。静岡まで帰らないといけないから。」

    女子がえ〜?といいながらも、強くは引き止めなかった。

    すかさず湯山が近づく。

    「・・・久しぶり」

    園子がやっと湯山を見る。
    ハイヒールの分、目線が高い。

    「久しぶり。」

    化粧をした園子は大人びた表情をしていたが、湯山にとってはあの頃の園子、そのままだった。

    「駅まで送るよ」

    女子たちの批判の声を無視して、園子を連れて近くの駅へ向かった。

    「静岡・・・なんだ」
    「うん・・・。主人が、静岡の人だから・・・。」

    二人ともたわいもない話にも慎重に言葉を選んで話す。
    駅前の噴水広場で立ち止まる。

    「来ると思わなかった」

    湯山が立ち止まる。
    園子がゆっくりと湯山を見上げた。

    「湯山くん・・・格好良くなったね」

    そう言って笑った。

    湯山は園子の腕を掴んで引き寄せた。
    園子の長い髪が揺れる。

    湯山は屈んで園子にキスした。

    人前だということも気にせず、深く、強くキスした。
    園子もそれに応える。

    二人の会わないでいた空白の時間を埋めるかのように抱き合い、キスした。

    (もう・・・俺の前から消えるなんて・・・許さない)

    そのままホテルへ行った。
    湯山は一刻も早く園子を抱きたかった。
    自分のものにしたかった。

    園子の体は細く冷たかった。

    「湯山くん・・・緊張してる?」
    「・・・してるよ」
    「私にずっと会いたかった?」
    「会いたかった」
    「私のこと・・・好き?」
    「・・・好きだよ」

    園子の体は完璧だった。

    大きすぎない形の良い胸。小さい尻。細く長い足。美しい曲線のウエスト・・・。

    園子の体中をキスする。

    背中、腰骨、太もも、足、指先・・・。

    湯山は園子に何もさせなかった。
    ひたすら愛撫を重ねる。

    とうとう園子の秘部に指を滑り込ませたとき、そこはすで充分潤っていた。

    「信じないかもしれないけど・・・初めての時みたいな気分・・・」

    そう言って頬を赤らめた。

    湯山の心臓が高鳴る。
    園子の首筋に舌を這わせた。

    「あ・・・」

    湯山の長い指が音を立てて園子を刺激する。

    湯山は今まで抱いた誰よりも優しく触れた。
    舌や指を駆使して、園子を何度も絶頂に誘う。

    「湯山くんて・・・すごいのね・・・」

    何度目かの絶頂を向かえて、園子はぐったりしていた。

    「きて・・・」

    そう言って湯山を迎え入れた。
    とうとう園子の中に入り込む。

    (俺が・・・こんなに緊張するのか・・・)

    湯山は自分を嘲笑った。
    園子の中は温かかった。

    湯山は園子を力強く抱きしめた。

    (ヤバイ・・・これは・・・)

    湯山は園子を一度抱いただけで気がついた。

    このままでは園子にのめり込んでしまう。力ずくでも奪って、何もかもどうでも良くなってしまう。

    湯山は意識して他の女も抱いた。

    園子への気持ちを分散させるためだったが、最初は意味がないと思えた行為も実際やってみると効果があった。

    園子を抱いたその足で他の女のもとへ行くことは頻繁にあった。

    そうやって自分の心をコントロールしてきたのである。

    湯山はがむしゃらに働いた。

    園子と園子の母を養っていこうと決心した。
    園子の旦那がどんな男かは知らない。そんなことは関係なかった。

    同期の中で誰よりも勉強し、皆が嫌がる仕事も引き受けた。
    とにかく一日でも早くレベルアップして稼ぐようになりたかった。

    会社で一番仲の良かったのは三上涼子だった。

    涼子は園子とは全く逆のタイプで、躊躇なくセックスの話をし、強気な発言をする女だった。
    強がることも多いが、わかりやすい性格で、一緒にいて楽だった。
    いつもいい男がいないかな〜と愚痴っていた。

    湯山が涼子を気に入った理由は単純である。

    入社早々、自分のことを『湯山』と呼んだからだった。

    湯山はいつも女性からは『湯山くん』としか呼ばれたことがなかった。
    涼子が呼び捨てで呼ぶので、同期の女子は全員湯山を呼び捨てするようになった。

    基本的に冷たい印象の湯山は壁を作られることが多く、それが面倒でもあったのだが、涼子のおかげで
    その壁が少しなくなった気がした。

    ただの女友達。それ以上でもそれ以下でもなかった。

    貯金も貯まり、営業成績も抜きん出てきた頃、湯山はとうとう覚悟を決めた。

    園子と園子の母親を向かえに行こう。

    連絡もせず、急に静岡に向かった。
    自分が園子を守っていけるようになったことを誇らしく思った。

    駅について、園子に電話しようとしたその時、園子が1人の男性と手をつないで歩いているのを見かけた。

    すぐに旦那だということがわかった。
    湯山はショックだった。

    園子が笑っていたからだ。

    園子は旦那の横で、本当に嬉しそうに笑っていた。

    あの笑顔が自分だけのものだと、勝手に思っていた。
    湯山は逃げるようにして東京に戻った。

    自分じゃなくても良かったのだと、園子は今、自分がいなくても充分幸せなのだと気がついてしまった。

    その後も何も無かったかのように園子と会っていたが、湯山の中で何かが終わっていた。

    それでも園子から離れることができなかった。
    園子は相変わらずだった。

    (あいつは・・・俺を必要としてなんかなかった・・・)

    園子に会えば会うほど辛かった。

    涼子とセックスしたのは、そんな関係に疲れていた頃の話である。



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