オフィスラブ【志乃 partT】


  • 「宮田さん、進捗どう?」

    宮田志乃は突然声をかけられて慌てて振り向いた。
    今日の夜は何食べようかな〜などと考えていたので、心拍数が一気に上がった。

    「はい、じゅ、順調です!ええと・・・明日にはこの機能については終わると思います。」
    「お、早いね。了解了解。じゃあ、続きよろしく。」

    志乃はリーダーが去っていくのを見て、ほっと一息ついた。
    心拍数が上がったのは突然声をかけられたからだけではない。
    相手がリーダーの横山劉生だったからだ。

    志乃は派遣社員として劉生のいる大手システム会社に勤務していた。

    雪国から大学入学の際に上京したが、就職難で結局派遣会社にしか登録できなかった。
    丸顔のせいでどちらかというと体は細いのだが、ぽっちゃりに見える。
    志乃はぷっくりしたほっぺたを指で摘んだ。

    黒目がちのぱっちり二重で雪国出身者らしいすべすべの白い肌。
    何度となくこれさえなければ・・・と思ったことか。ダイエットしてもほっぺたの肉だけは落ちない。

    背も高くないし、特別スタイルが良い訳でもない。
    髪の毛も生まれつきのストレートでパーマをかけに行っても効果がない。
    試行錯誤の結果、肩上あたりで落ち着いている。
    どうしたって大人っぽくなれないのだ。

    それに比べて・・・。

    劉生は志乃とそう歳も変わらないのに、既にリーダーを任されるほど有能で
    背も高く、精悍な顔立ち、おまけに明るく社交的で上からも下からも慕われる
    という、志乃にしてみたら一体この人のどこに「否」の部分があるのだろうと思う
    ような人物だった。

    志乃は女子大だったため、東京の男と仲良くなったことなどなかったし、
    なぜか同性にはモテるので、女友達だけで満足したいたため、生まれてこのかた
    誰とも付き合ったことがない。

    「志乃ちゃん♪」

    志乃がため息をついているのを横で見ていた同じく派遣社員の村田さわ子が声を
    かけてきた。

    「劉生さん、今日もかっこいいね。」

    志乃はとたんにか〜っと顔中真っ赤にした。
    さわ子は志乃が劉生を好きなことをすぐに見破り、しょっちゅうからかってくる。

    「ねえ、もう告白しちゃえば?別に、派遣だからって気にすることないよ。
    ばれなきゃいい話だし、ばれたら他にいけばいいし。」
    「告白なんて・・・私みたいな田舎モン、眼中にあるわけ無いッス・・・」
    「まーた、そういう卑屈なことを!志乃ちゃん、自分が思ってるよりずっとかわいいよ?
    そりゃー、美人とはいわないけどさ、劉生さんもきっとその白いほっぺたにすーりすりしたい!って
    思ってると思うけどな〜〜」

    志乃は劉生にほっぺたすーりすりされる様を想像して更に顔を赤くした。

    「さわちゃん、やめて〜〜仕事できなくなる〜〜」

    いつもこんなやり取りをして二人ではしゃぐ。もちろん志乃は告白などするつもりなどない。



    午後9時。志乃はどうしても思い通りに動かない機能に苦戦していた。
    さわ子も同じ島の社員もみんな帰ってしまった。

    「なんで〜〜??」

    志乃は一人半べそになってパソコンに向かっていた。

    「あれ?宮田さん、まだいたの?」

    会議終わりの劉生が声をかけてきた。志乃は仕事が遅い子だと思われてしまうと
    顔を曇らせた。

    「どこかでつまづいてる?」

    劉生が背後から志乃の机に手をついてパソコンを覗き込んだ。
    思いがけない劉生の接近に志乃の体は硬直した。

    劉生の体からほのかに香水の匂いが漂い、余計に緊張させた。

    「は、はい、あの、ここのところなんですけど、エラーが・・・」

    ちょっと見せてと、劉生が志乃のパソコンをいじり始めた。
    志乃は自分の顔のすぐ近くに劉生の顔があるのを感じて、慌てて椅子を少しずらし
    劉生がパソコンをいじりやすいように席をあけた。

    「ん〜・・・なんでだろ・・・。・・・あ!もしかして・・・」

    劉生は何かを思いついたように素早い動きでチェックを始めた。
    志乃も慌ててパソコンに集中しようとするが、どうも意識は劉生の方にいってしまう。
    しばらくパソコンをいじったあと、劉生は大きなため息をついた。

    「宮田さん、ごめん、俺の用意したデータが悪かった・・・。本当にごめん!
    これで時間どのくらい取られた?」
    「いえ、そんなかかってないです。今日の夕方くらいから・・・。」
    「まじでごめん。9時か・・・よし、お詫びに飯おごるよ。」

    突然の劉生からの誘いに志乃は心底焦った。

    「いえ!本当に気にしないでください。エラーがなくなったならそれでいいんです。」
    「だめだめ、それじゃ俺の気が済まないから。と言っても、俺また仕事で戻らないといけない
    から近くの店しかいけないけど。帰り支度しといて。」

    そう言って席に戻り、上司と少し話し込んだ後、飯行ってきますと言ってスーツの上着を着て
    志乃を連れ出した。

    志乃はいきなり劉生と二人になったことに動揺を隠せなかった。
    劉生が気さくに話しかけてくれても顔をあげて目を見て話すなんてとてもできる状態では
    なかった。

    ちょっと待て・・・この人の前でご飯を食べるの!?

    志乃は大きな難題に更に混乱した。

    劉生に促されるまま会社近くのうな重のお店に入った。

    「ここのうなぎうまいんだ。」

    そう言って志乃の分と2つうな重を注文した。
    志乃は向かい合わせに座ってがちがちになっていた。

    劉生はそんな志乃を見て、小さく笑った。

    「緊張してる?俺って普段そんなに怖い?」
    「いえ、その・・・社員さんと食事したこととかないので・・・」

    と、もっともらしい理由を口にした。
    確かに、社員と派遣社員の間には距離がある。仕事以外で関わることはほとんどない。

    「そっか。まだ派遣さんたちと飲みにいってないな。よし、今度企画しよう。」

    劉生が気を使っていろいろ話しかけてくれるので、志乃はだんだん申し訳ない気持ちになり、
    志乃からも一生懸命質問をした。

    しばらくしてうな重が運ばれてきて、やっと視線を劉生に向けなくても自然になる・・・と
    安堵した。

    こんな緊張してたら味なんてわからないのでは・・・と思ったが、相当空腹だったのも手伝い
    「おいしい!」と思わず声にした。
    劉生はそんな志乃を見て安心したように笑った。

    「だろ?」

    志乃はしばらく緊張を忘れおいしいうな重を味わった。

    すると突然劉生がぷーっと噴出した。
    志乃はなぜいきなり劉生が笑ったのかわからずぽかんとしていた。

    「いや、ごめん、あんまりニコニコして食べてるから・・・さっきまであんなにがちがちだった
    のに・・・。」

    志乃はとたんにカーッと顔を赤くした。私ったら・・・恥ずかしい!

    「宮田さんて・・・かわいいな。」

    はっとして顔をあげると、優しい眼差しで志乃を見つめる劉生と目が合った。
    かわいい・・・かわいいって言った!

    「なんか、実家で飼ってる犬を思い出した。」

    志乃はがくーっと肩を落とした。その手の「かわいい」はよく言われる。

    さわ子なんかは無邪気でかわいいってことよ、と言うが、様は恋愛対象ではないのだ。
    でも、それでなんとなく緊張が解けた気がした。

    目の前の劉生は笑っている。それでいい気がした。
    志乃もようやく自然な笑顔が出てきた。なんてラッキーな日なのだろうと思った。


    翌朝、さわ子に昨日の出来事を話したら、予想以上に興奮していて、質問攻めにあった。

    とは言ってもさわ子の期待するような進展などなく、ただ単にご飯を奢ってもらった
    だけだったのだが。

    「それでも今まで何もなかったんだもん。充分進展したじゃない!」

    確かに・・・今まで仕事の話以外したことなかったのに、昨日はいろいろ話した。

    実家は川崎で、通えなくもないが社会人になってからあまりにも残業が多いので
    会社の近くで一人暮らしを始めたとか、劉生という名前は岸田劉生(きしだりゅうせい)
    という画家を親が好きでそこから取ったけど、絵はまったく上手じゃないとか、
    他愛も無いけど志乃にしてみたらとっても貴重な話が聞けた。

    その日のうちに派遣社員含め、チーム全員に飲み会開催のメールが届いた。
    まだ作業も中盤だが、息抜きに今週の金曜日に親睦会を開きますという劉生からの
    メールだった。

    志乃と昨日話したばかりで、なんて行動の早い人だろうと思ったが、きっとそれが
    彼が人から好かれる理由なのだ。昨日だって、あの後会社に戻り、誰より忙しいだろうに・・・。

    志乃は益々自分とは程遠い存在の人なのだと思った。




    久しぶりの飲み会とあってか、参加者はかなり多かった。志乃もさわ子も参加し、その他の
    派遣社員もほぼ参加していた。

    幹事のはずの劉生は仕事が長引いて少し遅れるということで、劉生の後輩が取り仕切り
    飲み会が始まった。

    最初は社員と派遣社員が分かれて飲んでいたが、次第にごちゃまぜになり、男性社員が
    若い派遣の女性に話しかけ盛り上げ、徐々に場の雰囲気も和んできた。

    ようやく劉生が駆けつけると、女性陣が色めきたち、誰もが私の横に座ってと劉生の
    手をひっぱった。

    志乃はさわ子と大人しく隅っこで飲んでいたので、劉生が近くまで来てくれることは
    なさそうだった。

    それでも、ネクタイをはずし、仕事の時とは違ってリラックスしている劉生を遠くからでも
    見られて志乃は嬉しかった。

    「おい・・・宮田くん・・・君、すごいな」

    目の前の上司が志乃を見て言った。

    へ?と周りを見渡すと、他の人も唖然として志乃を見ている。

    「これ、全部君が飲んだの?」

    上司の隣の男が聞いた。

    「あ、はい・・・すいません。でも、飲み放題って聞いたので・・・。」

    志乃は既に焼酎やら日本酒やらをだいぶあけていた。それでも表情は全く変わらないし、
    酔ってる風でもない。志乃は酒に強い体質だった。

    「よーし!飲み比べだ!!」

    男はそう言って、志乃が手にしていた日本酒と同じものを頼み、一気にぐいーっと飲み干した。

    15分後・・・。

    その男は机につっぷし、起き上がらなくなった。

    それを見た女子社員がけらけら笑い、情けないと口々に言うと、上司が「いや違う、この宮田くんが
    あまりにも酒に強すぎるんだ」と弁解した。

    それを聞きつけた劉生が興味津々と言った風に「へ〜宮田さんて酒強いんだ。」と、席を立って
    志乃の前に座った。

    志乃は少し頬を染めて、シャツのボタンを2つ程はずした普段見慣れない劉生を見てドキッとした。

    「じゃあ、次は俺が相手になる。」

    そう言って志乃に持っている焼酎のグラスを飲ませ、空にし、新しい焼酎を2つ頼んだ。

    志乃は少し酔ってきた気がしたが、それでもまだしっかりしていた。

    まわりが志乃ちゃんつえ〜、志乃ちゃん無敵、と志乃ちゃん志乃ちゃんと騒ぎ始め、劉生も頑張って
    いたが、とうとう根をあげた。

    「志乃ちゃん、すげーな・・・。そんな顔してザルなんて・・・詐欺だ。」

    そう言ってウーロン茶を頼んだ。

    志乃ちゃん・・・。

    酔っ払っているからといはいえ、名前で呼ばれて、心臓がきゅうっとなった。
    劉生はいつもに増して優しい顔で微笑んだ。

    志乃も酔っ払ってる劉生がかわいくて思わずにっこり笑った。

    帰り道、志乃とさわ子と劉生だけがみんなと別方向だったので、そのまま三人で駅に向かった。

    劉生はだいぶ酔いが覚めたとはいえ、まだ辛そうだった。
    志乃が心配して、お茶でも飲みますか、少し休んでから行きますか、といろいろ声をけているのを見て、
    さわ子はにやりと微笑み、

    「あ!私、終電がやばい!すみませんお先に失礼します。」

    と、頭を下げて走っていった。

    志乃はさわ子が気を使ってくれたのだとわかったが、またもや突然の二人きりにあわてた。
    とはいえ志乃も多少は酔っていたし、前よりは緊張しなかったのだが。

    「やっと二人になれた」

    そう言って劉生が志乃の手をつないできた。


    突然の出来事に志乃は立ち止まり、劉生を見上げた。

    「あ、あの・・・」
    「全然俺の席に来てくれないんだもんなー。志乃ちゃんと話したいから飲み会企画したのに。」

    そう言って再び志乃の手を引いて歩き出した。
    志乃は心拍数が上がってきているのを感じた。

    ちょ、ちょっと、待って・・・。この状況は・・・。私、劉生さんと手をつないでる・・・。

    それに何て言った?私と話したいからって?いや、今この人は通常の思考ではないのだ、
    なにかきっと間違えているのだ。

    そう思いながらも、劉生の大きな手から体温を感じ、志乃はその手を見つめながら夢でもいいと
    思わず手に力をこめて劉生の手を握った。

    それに反応して劉生が志乃を振り返った。

    「さっきみたいに・・・俺にむかってにっこり笑って」

    劉生が思いの他真剣な眼差しで言うので、この人は酔っ払ってなんかいないんじゃないかと
    思うほどだった。

    しかし、笑ってと言われても笑えない・・・。志乃が固まっていると、劉生が志乃のほっぺたを
    くいっとつまんだ。

    「うわ!ふわふわだぁ〜〜!」

    志乃は自分のコンプレックスに突如触れられ、驚きと共に恥ずかしさを感じ、逃げようとしたが
    劉生は両手で志乃の頬をつまみぶにぶにと手を動かした。

    あまりにもしつこく、嬉しそうにほっぺたを触る劉生を見て、志乃は、私すごい変な顔をして
    いるんじゃ・・・と、これ以上恥ずかしいことはもうないな、と腹が据わった。

    ぶにぶにぶにぶに・・・なんだか顔をマッサージされてるみたいだと、とうとう志乃は噴出して
    笑った。

    「へへへ・・・そんなに気に入りました?」

    志乃はやっと手を離した劉生に照れ笑いしながら言った。

    「気に入ったよ。俺専用にしたい。」

    不意に劉生が動いて視界が暗くなったかと思うと、志乃は劉生にキスされていた。
    志乃の目前に劉生の閉じた目から伸びる長いまつ毛があった。

    唇を離し、志乃の目を劉生が覗き込む。そしてもう一度軽くちゅっとキスした。

    志乃は呆然とし、立ち尽くした。

    今・・・今・・・・。

    「・・・帰ろう」

    そう言って志乃の手を引いて再び駅へ向かった。

    俺は一駅だから、歩いて帰ると言って劉生は帰っていった。
    志乃は相変わらず呆然とし、劉生の背中を見送った。

    キス・・・キスした・・・。

    志乃はようやく現実を把握し、どんなに飲んでも赤くならなかった顔を急激に赤らめた。

    走って電車に乗り、駅から家まで再び走り、興奮して朝まで眠れず、知恵熱を出し、
    結局土日はゆっくり休めず寝不足のまま終わった。


    休日とは先週の出来事を見事にリセットして月曜日を迎えさせてくれる。

    志乃は実はあれは自分の妄想で、現実ではなかったのかもしれない、と夢か現かもはや
    判断不可能だった。

    現実だとしても・・・劉生さんはきっと何も覚えてないだろう。今日も朝からめちゃくちゃ
    爽やかだ。

    さわ子に話そうと思ったが、どうも話す気になれない。なんとなく・・・自分の胸にしまって
    おきたい気がした。

    昼休み、トイレに篭り、再び金曜のことに思いをめぐらせ、思い出し笑いしたり、頬を赤らめたり
    思い上がるなと肩を落としたりしていると、女性社員の声が聞こえてきた。

    「そういえば、あの・・・派遣のお団子みたいな子。飲み会で横山リーダーと飲み合ってた・・・」
    「ああ、宮田さん?ははっ、お団子はないよー。」
    「あの子、リーダーに気があるよねえ??つーか、リーダーがあんな子相手にするわけないっつの」
    「リーダーの前カノ、モデルだったんだよ。知ってた?雑誌で見たけど、すんげー美人。ハーフ
    らしいんだけど、足とかちょー長くてちょー細いの!」
    「そんなの、お団子じゃいくら頑張っても無理無理〜〜!かわいそ〜〜!」

    きゃはは!とひとしきり騒いで化粧直しをした後、トイレを去っていった。

    志乃はうつむいてしばらく動くことができなかった。

    そうか・・・そうよね・・・。私のこと劉生さんみたいな人が相手するわけないか・・・。
    はは・・・お団子・・・だもんね。

    志乃はいつも自分で思っていたこととは言え、人から言われるとこんなに辛いのかと思った。
    目をぎゅっとつぶり、いや、早く気がついてよかったのだと言い聞かせた。

    いい気になって、勘違いしてしまうところだった・・・。

    志乃は泣きそうになるのを堪え、席に戻った。


    午後からの志乃の元気の無い様子にさわ子は心配していろいろ話しかけてきたが、志乃は
    曖昧に笑うだけだった。

    劉生が側を通っても反応しないよう、顔を合わせないよう気をつけた。
    劉生の方も忙しそうにしており、志乃とのことなど何もなかったかのようだ。

    志乃は、そうだ家に帰って今日は思い切り泣こう、と一刻も早く帰りたい気持ちだった。
    定時が過ぎ、何人かが帰ったのに続いて志乃も席を立った。今日はまるで劉生の姿を直視できないでいた。

    視界の隅に先ほどの女性社員と楽しげに話す劉生の姿が見え、逃げるようにして会社を出た。

    玄関フロアの大きな鏡に映る自分の顔を見て思わず目を反らした。
    劉生さん・・・ぶにぶに触ってくれたっけな。

    外に出ると雨だった。慌てて駅に向かって走ろうとした瞬間、二の腕を掴まれた。

    びっくりして振り向くと、劉生が息を切らせて志乃の腕を掴んでいた。

    志乃は思わず「あ・・・お疲れさまです・・・」と間抜けな声を出した。

    「ちょっと、話が・・・」

    そう言って劉生はあたりを見回し、少し先にある公園まで志乃の手を引いて走った。

    屋根がついたテーブルと椅子のあるところに駆込んだ。
    志乃はバッグからハンカチを取り出し劉生に渡した。

    劉生は黙ってそれを受け取り、ハンカチで志乃の頭や顔を拭いた。
    とたんにどしゃ降りになり、公園には誰もいなくなった。
    ざーっという雨音だけが響き、志乃はうつむいて劉生の言葉を待った。

    「あの・・・金曜日のことだけど・・・俺、すげー酔ってて・・・」

    志乃は劉生にこれ以上何かを言われるのが辛く、自分から口を開いた。

    「あの!・・・実は、私もすごく酔ってて、あまりよく覚えてないんです。
    き、気がついたら家にいたーみたいな。はは・・・。」
    「本当に覚えてないの?」
    「はい・・・」

    劉生は小さくため息をついた。

    「じゃあ、なんで今日あんなによそよそしかったの?さっさと帰るし・・・・。」
    「いつも・・・通りです・・・」

    志乃は優しい劉生の声に、堪えていた涙が出そうになった。

    「わかった、じゃあ、よそよそしいと感じたのは俺の自意識過剰として・・・。金曜日、
    その、酔った勢いで・・・」
    「私!気にしてません。本当に。ありがとうございます。私なんかに・・・優しくしてくれて・・・」
    「ちょっと待って。最後まで言わせて。そもそも私なんかって・・・なんでそんな風に言うんだ。
    君をかわいいと思ったからキスしたんだ。けど、酔ってたのは事実で、酔いに任せてしてしまったけど、
    軽い気持ちでした訳じゃないって言いたかったんだ。」

    志乃は思いがけない言葉に胸を打たれたが、どうにも信じられなかった。

    女子社員の言葉が浮かんだ。

    (お団子じゃいくら頑張っても無理無理〜〜!)

    「そんなの・・・そんなはずないです・・・。劉生さんみたいな人が・・・。」

    志乃は堪えきれず涙を流した。

    「何か勘違いしてると思うけど・・・俺なんてそんな崇められるような人間じゃない。」

    劉生は志乃の頬の涙を拭った。

    「私なんて、こんなほっぺただし、背も低いし、全然美人じゃないし、大人じゃないし」
    「どうしてそんなこと言うんだよ。俺が君をかわいいと思ったのは本当だよ。君を・・・
    愛しいと思った・・・。たぶん、いや、たぶんじゃなくて・・・。」

    劉生は少し恥ずかしそうに目を伏せたが、再び志乃の瞳を見つめ、キスした。
    今度は二人とも酔ってはいないけど、前より夢の中にいるような気分だった。

    「好きだよ」

    志乃はもはや涙がぼろぼろこぼれるのを止めることができなかった。

    うそ、うそ・・・信じられない。

    でも、劉生は再びキスしてくれた。信じていいの?・・・信じたい!

    「わ、わだしも・・・好きです〜〜ずっとずっと前から・・・」

    志乃は泣きながら思い切って言った。ハンカチで顔を覆ってわんわん泣いた。

    劉生は静かに志乃の髪を撫でてくれた。鼻水もずるずるで、涙でぐちゃぐちゃの顔で人生初の告白を
    してしまった・・・と少し冷静になってから頭で考えた。もちろんキスだって初めてで・・・。

    落ち着いたからか志乃は突然寒気を感じ、くしゃみをした。
    雨はやむ気配もなく、あたりは冷気に包まれた。
    公園に来るまでに既にびっしょりと濡れていたからよけいに寒かった。


    「ごめん、寒いのにこんなとこで話さして。うち、近くだから、服だけ乾かしていけばいい」

    そう言ってスーツの上着を志乃の頭から被せ通りに連れていき、タクシーを捕まえた。

    「あの、私、大丈夫です。帰ります。」

    劉生はいいからと行ってタクシーに乗り込み、行き先を告げた。

    志乃は急展開についていけないでいた。告白が終わったかと思ったら、もう好きな人の家に向かっている。
    つい最近までは遠い存在で、果たしてどんな家に住んでいるんだろうって妄想するしかなかった好きな
    人の家に突然行けるなんて・・・。

    劉生は会社に、すぐ戻りますと短い電話を入れた。電話が終わると志乃の手を取って握って微笑んだ。
    志乃もつられて微笑んだ。

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