オフィスラブ【志乃 partU】


  • 昼休みー。

    志乃はとうとう我慢できずにさわ子に話し始めた。

    「し、志乃ちゃん…」

    さわ子は思わず身を乗り出し、危うく水の入ったグラスを倒してしまうところだった。

    「なんだって!?りゅ、劉生さんと付き合うことになったって…!?」

    さわ子はまわりを気にしながら声を荒げないようにしていたが、全身に力が入っている。
    志乃は思わずデレ〜っと微笑んで頷いだ。

    さわ子はよほど驚いたのか、口をポカンと開いたまま志乃を見つめるだけだった。
    そんなさわ子に志乃は照れながらも付き合うようになったいきさつを簡潔に話し、
    劉生の家に泊まったことも話した。

    さわ子はおもむろに志乃の手をつかみ、叫んだ。

    「おめでとう!」

    良かった良かったと、涙すら浮かべているようであった。

    志乃は思いがけないさわ子の喜びように話して良かったと安堵した。

    劉生は志乃の立場を考えてみんなには秘密にしようと提案していたが、さわこにだけは話したかった。

    「ホント…志乃ちゃん一生処女だったらどうしょうって…。かといって、変な男に引っかかっても困るし…。
    でも、あんなに素敵な人に奪ってもらって良かったね!!」

    どうやら、志乃以上に志乃を心配していたようである。
    一通り興奮が過ぎ去った後、今度は意地悪そうにさわ子は志乃に言った。

    「でも…劉生さん、あんなに素敵だし、志乃ちゃん飽きられないように頑張らないとね」

    志乃はしょんぼりと肩を落とした。

    そうなのだ。志乃は劉生に好きだと言われたが、未だに信じきれてなかった。
    どう考えても釣り合わないし、自分の方が圧倒的に大好きだと思う。

    劉生は普段から忙しい上に、大きなリリースが控えていたため土日も出勤しており、
    劉生の家に泊まってから一週間以上たつが、二人で会う暇もなければ、気がひけて
    メールも電話もできないでいた。

    本当に彼氏彼女なのかしら…と思い悩んでいただけに、さわ子の言葉が堪える。

    「私みたいな子供っぽいのが物珍しいだけで、新鮮に感じるのかも…さわちゃん、
    私どう頑張ったらいいのかな!?」

    志乃はさわ子に思いきって尋ねた。

    さわ子はそんな志乃の頭をヨシヨシとなでた。

    「そうね…狙うはギャップよ」

    ギャップ!?

    「志乃ちゃんみたいな童顔の子がさ、積極的だったら意外じゃない?これを機に積極的に迫ってみるのよ。
    まずはセクシーランジェリーを買ってみるとか…。」

    さわ子が言うには、予想外のことが期待を生み、志乃と付き合うことが楽しいと感じるようになるはず、と。

    「な、なるほど…。」

    志乃は納得しながらも、幼児体型の自分にセクシーランジェリーなど似合うとは思えなかった。

    当然、持っているものは肌に良い綿100%で、色も薄いピンクや水色、ベージュといったところだ。

    この前は急だったし、当然いつもの下着だった…劉生さん、予想通りすぎてつまらなかったかな!?
    いやいや、最初っから予想外を狙っても…。志乃は頭をかかえて悩み始めた。

    そんな志乃をさわ子は満足げに眺め、ヨシヨシと再び頭をなでた。

    「まぁ、下着は一つの例として、自分を磨くのはいいことよ。これをきっかけに努力できることは
    努力してきれいになったら、劉生さんも喜ぶはず。私も応援するからさ。」

    最後にさわこはニヤリと笑い、「あっちの方も勉強しなきゃね」とぼそりと言って昼休み終了の
    チャイムとともに席を立った。

    志乃は固まった。

    あっち…あっちって、アレのことよね…。

    志乃は正直何をどう勉強すれば良いのか検討もつかないでいた。本や雑誌を購入するにも、何から
    買えば良いのか…。

    そもそも、志乃が本から学んだところで、経験値の差は歴然であり、逆に恥ずかしいことになるのではと
    危惧しているのである。

    志乃はため息を着いて席に戻った。劉生は昼休みも取れないほど忙しいみたいだ。
    朝みかけてから、今日は一度も姿を見ていない。

    忙しいのに、私のこと考えてる余裕なんてないよね…私なんか一日中劉生さんのことばっかり考えてる…。
    志乃は劉生のためにも、せめて仕事では迷惑かけまいと気を引き締めて席についた。



    午後8時。

    結局、今日は劉生の姿を見ることはなかった。

    志乃は仕事を切り上げ、エレベーターホールに向かった。

    劉生さん、体大丈夫かな、ご飯ちゃんと食べてるかな…

    志乃は心配しながらも、自分の空腹を紛らわすためにマスカット味の飴を口に入れた。
    ぷっくりほっぺが更にぷっくりした。

    その時、エレベーターが到着し、扉が開いたかと思うと、複数の男性がゾロゾロと降りてきた。
    その中に劉生もいた。

    みんな口々に志乃にお疲れさーんと声をかけて扉のカードリーダーに社員証をあててオフィスに入っていく。
    劉生は志乃に気がつくと、先に出ていった男性社員たちに声をかけた。

    「あ、タバコ切れたんで下で買ってきます」

    最後の男性社員がはいよと片手を挙げてオフィスに入っていった。

    志乃は思いがけない劉生の出現に胸おどらせた。
    劉生に「どうぞ」と言われて慌ててエレベーターに乗る。

    今日の劉生は水色のシャツに濃い紺のネクタイをしている。

    かっこいい…。

    志乃は片思いの時と同様にこっそり劉生の様子を伺った。

    「忙しくて全然志乃ちゃんとゆっくりできないな…俺のことどうでもよくなってない?」

    劉生は志乃の顔を覗き込んで言った。
    志乃はとんでもないと首を横に振った。

    劉生はエレベーターの階数をチラッと見て志乃の肩を抱き寄せた。
    志乃がハッとして劉生を見上げたのに合わせて劉生が屈んで志乃にキスした。

    志乃は突然のことに体を強ばらせたが、久しぶりの劉生のキスに胸がジーンと熱くなった。

    劉生の舌が志乃の舌を探し、唇で唇を優しく吸う。
    エレベーターが一階に着くわずかの間ではあるが、劉生は志乃の唇を堪能し、志乃をうっとりさせた。

    「これ、もーらい」

    と言ってマスカット味の飴を奪って行った。
    エレベーターの扉が開くとお疲れさま、と言って志乃が帰る出口と逆の方に出ていってしまった。

    私の食べてた飴…取られちゃった…。

    志乃はしばらくぼーっとした後、とたんに赤面して、知ってる人に会わないようにと駅に走った。

    エレベーターでキスだなんて…。

    志乃は嬉しさと恥ずかしさで顔を崩した。




    その後も会えない日が続き、志乃はいよいよメールをしようと決意した。

    (体大丈夫ですか?くらいメールしたって変じゃないよね…。でも、返信する暇もなくて、
    メール自体が迷惑かな…。)

    志乃は悩みながらも、劉生のメールアドレスを見て、あることに気がついた。

    この数字…誕生日かな…。

    カレンダーを見ると今週の金曜日の日付である。

    付き合い始めな上、一緒の時間がほとんど無いと言っても、誕生日を知らなかったことに軽いショックを
    受けた。

    しかし、ここで落ち込んでも意味は無い。志乃はせっかく両想いになれたこの恋を出来たら少しでも長く
    続けたかった。

    劉生も自分のことをどうでもよくなってるのでは、と心配していたではないか。
    志乃はカレンダーに印をつけた。

    悩みに悩んだ末、プレゼントはネクタイに決めた。

    休みの日に銀座に赴き、あらゆるブランド店を行ったり来たりして1日ががりでようやく購入したのは、
    青色に幾種類かの薄さの水色の線が斜めに入っている一番無難そうなネクタイだった。

    気に入ってもらえるかな、使ってもらえなかったらどうしよう…などかなり悩んだが、好きな人への
    プレゼントを選ぶという経験のない志乃にとって、それはとても新鮮で楽しいことでもあった。

    お店の人にプレゼントされる方はどんな方ですか?と訪ねられ、すごく格好よくて、背も高くて、
    優しくて、仕事もできて…と余計なことまで話してしまう始末であった。
    そうやって、なんとかプレゼントは買った。

    でも、どうやって渡そう・・・。

    会社で渡すのは無理だろう。劉生の仕事が終わるのを待つしかないか・・・。

    金曜日。劉生は相変わらず忙しそうだった。
    志乃は自分の仕事が片付いて会社を出てすぐメールをした。

    「お疲れ様です。今日、渡したいものがあるのでお仕事終わったら連絡していただけますか?
    お忙しいのにごめんなさい。待ってます。」

    毎日悩みに悩んだ末、なるべくシンプルにしようと考えて作った文章だった。

    よし!これで準備は整った。あとは劉生の家の近くで待つだけだ。

    11時半…劉生からの返信は無い。そろそろ帰らないと終電に間に合わない。
    志乃は仕方なく劉生のマンションのドア前にプレゼントを置きに行った。

    オートロックのため、誰かが入るタイミングに合わせて入ろうと待ち構える。

    (うわぁ…綺麗な人…)

    長身の髪の長い女性がマンションの中に入っていった。

    細身のジャケットに細身のパンツ、そして志乃には到底似合いそうもない真っ赤なピンヒールを
    苦もなくはきこなしていた。

    志乃は女性に続いてマンションに入った。後ろ姿が更に美しい。

    (こんな体型だったら、人生全く違ってただろうな…)

    志乃がそう思っていると、女性は志乃と同じ階で降りた。

    (あれ…?)

    女性は劉生の部屋の前でとまり、鞄から鍵を取り出すと、慣れた手つきで鍵を開けた。

    志乃はその場に立ち尽くした。
    以前、トイレで聞いた女性社員の言葉が蘇る。

    『リーダーの前カノ、モデルだったんだよ。』


    志乃は心臓がぎゅうっと締め付けられる気がした。

    あの人…前の彼女かな…。鍵持ってた…。

    志乃はまた自信をなくした。

    (前の彼女が誕生日に現れるって、一般的に良くあることなのかな。無いよね…。
    本当に私、劉生さんの彼女なのかな。。)

    志乃は手元のプレゼントを見つめ、どうしたらいいのか迷った末、せっかく買ったしとドアノブにかけて
    マンションを出た。

    携帯を確認するが、メールの返事はまだ無い。志乃が諦めて地下鉄の入口を降りようとした時電話が鳴った。
    劉生からだった。

    「志乃ちゃん、ごめん。今メール見た。今から行くから待ってて。」

    「お、お疲れさまです。あの、まだお仕事終わらないんじゃないですか?私、もう帰るので急がないで
    いいです、また今度・・・」

    「待って!もうすぐ着くから・・・マンションの前にいてくれる?ごめんね。」

    そう言って電話を切った。

    志乃は迷った。マンションの前と言っても、部屋にはあの女の人がいるではないか。

    (でも・・・おめでとうと顔を見て言いたい・・・)

    志乃は思い切ってマンションに戻った。
    すると、5分もたたないうちに劉生が来た。

    「ごめん、本当に。良かった、待っててくれて・・・。」

    劉生は走ってきたのか息を切らせてやってきた。

    「あの、お誕生日おめでとうございます。それだけ言いたくて・・・」

    劉生は志乃の顔をじっと見つめ、
    その後はっとして言った。

    「そうか、今日、俺、誕生日だ!」


    志乃は劉生が自分の誕生日も忘れてしまうほど忙しいのに、自分が仕事の邪魔をして
    迷惑をかけてしまったと申し訳なく思った。

    「すみません、劉生さん忙しいのに、私邪魔して・・・」

    劉生は志乃の手を取った。

    「すげえ嬉しい・・・。ありがとう。」

    志乃は劉生の笑顔を見て安心した。

    「とりあえず家に入ろう」

    志乃は劉生と手を繋いでることが嬉しくて、大人しく頷いたが、エレベーターを降りた瞬間に
    あの女の人のことを思い出した。

    「あ!あの、劉生さん、さっき・・・あれ!?」

    ドアをみると志乃が置いていったプレゼントが無かった。

    「どうしたの?」
    「さっき・・・プレゼント置いてったんですけど、無い・・・」

    劉生は鍵を探していたが、動きを止めた。

    「さては・・・」

    急いで鍵を見つけると、ドアをあけて言った。

    「やっぱり。・・・等伯!夕!」

    部屋の中では先ほどの女の人と若い男がピザを食べていた。

    「なんだよ、劉生おせーな。誕生日祝ってやろうと思って来たのに。」

    男がワインの瓶を持ち上げて言った。

    「また勝手に入りやがって」

    劉生が頭を軽く小突いた。

    男はがはは!と笑ってワインの栓をあけようとして立ち上がった時に玄関に立っている志乃に気がついた。

    「おい・・・劉生。中学生が来てるぞ。君、こんな時間にどうした?家出少女?」

    志乃は固まった。

    ちゅ、中学生・・・。

    「ばか!お前より年上だよ!」

    劉生はあわてて志乃を家の中に引き連れた。

    「ごめん、こいつ俺の弟。等伯っていうんだ。」

    挨拶しろと言って、等伯の頭を下げさせた。

    「この人は宮田志乃さん。今職場が一緒で・・・」
    「待て!劉生!・・・まさか、彼女とか言わないよな!?」

    等伯が心底驚いた顔で言った。

    「うそぉ!劉生、本気!?」

    座っていた女性も声を上げた。
    こら!と言って、劉生はその女性の頭も小突いた。

    「等伯も夕も、初対面の人に向かってなんだその態度は。この人は正真正銘俺の彼女だよ。」

    志乃は劉生の言葉にドキッとした。

    正真正銘・・・彼女・・・。

    「夕は等伯の彼女なんだ。ほら、挨拶しろよ。」
    「どうも・・・あ!あなた、さっきエレベーター一緒じゃなかった!?」

    志乃は、はあ、どうも・・・と間抜けな応えをした。
    近くで見ると抜群にかわいく、圧倒されていた。

    元カノじゃなかった・・・。

    「ふーん・・・志乃ちゃんか。よろしく。劉生の弟です。」

    等伯は劉生より更に背が大きく、髪は綺麗に茶色に染まって、志乃からしてみたら
    ぐちゃぐちゃにしか見えないが、無造作にセットされており、体も細いが筋肉質で程よく焼けていた。
    顔は劉生に良く似ていたが、目がまだ幼い感じがした。

    「志乃ちゃん、ごめんな、せっかく来てくれたのに。こいつら勝手に合鍵作って勝手に侵入するんだよ。」
    「だってこの家便利なんだもん。六本木近いしー。あなたも・・・えーと、志乃さんも飲むわよね?」

    夕という女性は栓を抜いたワインをグラスに注いだ。

    「あ、私、もう帰るのでいいです。」

    志乃は首を振った。

    「えー!なんで帰るの?みんなでお祝いしようよ。」

    等伯が志乃の肩に腕をまわして言った。

    「おい、等伯。やめろ、慣れなれしい。お前らがいるからだろ。帰るのはお前らの方だ。」

    若くてかっこいい男に肩をくまれて、志乃はどぎまぎしてうつむいた。

    「いえ、弟さんたちにお祝いしてもらってください。私はまた今度・・・」

    頬を赤らめて言う志乃を見つめて、等伯はクスリと笑った。

    「へえ〜、可愛い」

    そう言ってべろリと志乃のほっぺたを舌で舐めた。

    「!!」

    一瞬、志乃は何が起こったのかわからず硬直した。

    「おい!等伯!ふざけんな!」

    劉生は怒って志乃を引っ張り、等伯から引き離した。
    等伯はにやにや笑って志乃を見つめた。




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